■テヘラン編のひとりごと■
<1日目>
[行程]
伊丹→成田→(北京経由)→テヘラン→ホテル |
成田には12/27 13時に集合でしたが、国内線の成田便の関係で9時には到着。あわただしかった昨夜がうそのように、ドリンクバーのあるレストランでのんべんだらりと時間を過ごしました。イラン・テヘランへ向かう飛行機は成田を16時過ぎに飛び立ち、17時ごろに大阪上空を飛行。家を出てから12時間近く経っているのにようやくふりだしですか...と気が遠くなりつつ。
日本時間の19:30頃北京に立ち寄り、2時間ほど機内にての待機です。ここで多くの中国人が降りて、入れ替わりに満席に近くなるほどのイラン人が乗ってきました。このとき、中国⇔イランの交流って結構あることを知リました。
日が変わる頃、テヘランの空港に到着。イランでは入国審査の時点で、女性は頭を覆わなければならないらしい。初日はホテルに移動するだけだからと、ストールをスーツケースにいれていたためあせりましたが、添乗員さんの機転のおかげで代用品を用意してもらい、無事入国完了。深夜1:30頃空港を出して、15分程度でホテル(ラレ・インターナショナル)に着きました。
<2日目>
[行程]テヘラン市内観光(1)
テヘラン→エマーム・ホメイニーモスク→サーダ・バード宮殿→アブギネ・ガラス博物館→ホテル(テヘラン) |
朝は10:30のゆったり出発。といっても睡眠時間は5時間程度で、睡眠不足は解消していません。エマーム・ホメイニーモスクは外観を観光(実は「イマーム・ホメイニー廟」と間違えての案内だったらしい)。バザールが出るというモスク前は、金曜だったためお休み。小規模ながら細工にペルシャの文化を感じます。そこから北へ上るサーダバード宮殿は、市街からちょっと離れたところにあります。行くまでの車中、せっかくの現地ガイドさんの話をほとんど聞けず熟睡モード全快でした。
テヘランでは、博物館づけの日々が続きます。バスの車窓からみえるテヘランの風景は、イランで持っていたイメージとは程遠くいたって現代的。新旧の建物は混在していますが、町全体は小奇麗で衛生的。どっぷりイスラムの国なのに、意外にモスクが少なく、アザーンもあまり聞こえませんでした。
サーダ・バード宮殿は山脈のふもとにあって、テヘラン中心部より寒く、雪もうっすら積もっていました。敷地内にあるいくつかの宮殿のうち、見所とされる白い宮殿と緑の宮殿に入場観光。鏡を使った繊細な装飾が見事な緑の宮殿は、なぜかこの日撮影禁止となっていて、写真に残せずとても残念。白い宮殿と緑の宮殿は離れた場所にあって、歩いていくこともできるそうですが、小型のバスで移動。イランの路線バスは後方が女性専用ゾーンになっているので、男性陣は敷地内を巡回するこのバスでもそのあたりを意識しつつ乗車。宮殿敷地内のレストランで昼食。
北に山脈が連なるテヘランでは、山の手は高級住宅街。中心から離れた閑静な住宅地で高そうなマンションもちらほら。このあたり、北に六甲などの山があって、山の手に大きな家の建つ神戸や芦屋と似ています。
|
 |
真っ黒ではないイランのカラス。
庭園や公園でよく出会います。 |
 |
その後、アブギネ・ガラス博物館へ。この博物館は「西洋のひとなら所要時間30分で済むところ、日本人では1時間とっている」と現地ガイドがいうほど、日本人にとって見ごたえのあるところだそうで。見てみて納得。ショーケースには、紀元1世紀から19世紀まで幅広い時代の細かいガラス細工や陶器が並んでいました。
ホテルに戻ったのは17時。観光自体は楽なものでしたが、寝不足続きだったので夕食の19時まですっかり寝入ってしまいました。
宿泊ホテルの13階で夕食をとっていると、そこから見えるタワー近くに色とりどりの花火が打ち上げられていました。グループ全員が特等席で花火を鑑賞する贅沢に、しばしひたっていました。12月28日はシーア派が支持するアリーが、ムハンマドからカリフの宣告を受けた日だそうで、それを祝っての花火だったようです。
|
途中、撮影が見つかると注意を
受けるというアメリカ大使館前では、
バスをゆっくり走らせてくれました。 |
<3日目>
[行程]テヘラン市内観光(2)
ホテル→カーペット博物館→ゴレスターン王宮博物館→レザー・アバシ博物館→(移動)→ホテル(ヤズド) |
この日も10:30のゆったり出発。朝6:30に目が覚めたので、早めに朝食をとり部屋でのんびり。ホテルのすぐそばにあるラレ公園も少し散歩しました。冬の公園なので葉はすっかり落ちていましたが、屋外では卓球やチェスを楽しむ人がいました。
ツアーの観光は徒歩で開始。まずはホテルの隣にあるカーペット博物館へいきました。ペルシャといえばじゅうたん、さまざまな時代・民族の作品を展示する資料館として、また芸術作品と捕らえると美術館としても通用するほどで、思わず見入ってしまいます。
 |
ゴレスターン王宮とレザー・アバシはもともとツアーには入っていませんでしたが、今回のテヘラン滞在延長に伴い追加された観光スポット。特にレザー・アバシは地球の歩き方にも載っていないマイナーな場所だし、あまり期待していなかったのですが、意外に満足度の高いスポットでした。小規模ながら、金色のリュトンなど考古学博物館にはない金細工のコレクションが充実していて、一見の価値あり。 |
レザー・アバシ博物館収蔵
はすの花をかたどったプレート。 |
イランについてから、徐々にのどや鼻がイガイガした感覚に。特にテヘランは最近の急激な車の普及で排気ガスによる空気汚染が問題になっていて、時折マスクをつけているひとを見かけるほどです。ホテルに帰ったらまずうがい(イランの水道水はうがいOK)、のど飴が手放せない町です。持参したアイボンをしたあとは、いつにも増して目がスッキリ。
・・・・・
4日目〜9日目までは、イスファハン、ペルセポリス、チョガザンビルなど観光。
10日目、再びテヘランに戻ります。
<10日目>
[行程]テヘラン市内観光(3)
ホテル(アフワズ)→イマーム・ホメイニー廟→バザール→宝石博物館→ホテル(テヘラン) |
イランエアツアーズでのアフワズからテヘランへの国内線移動を無事終え(この旅で唯一の定刻運航!)、10時過ぎからはテヘラン市内観光の続きです。
まずはイラン革命の雄イマーム・ホメイニーのお墓へ。お墓といっても外観は巨大なモスクで、廟はまるでダマスカスのウマイヤドモスクに葬られていたヨハネの墓標のように立派。ホメイニーの肖像画は、イランの空港・ホテル・レストランなどさまざまな施設で出会います。紙幣もホメイニーで、単位として使われているほど。(10000リアル=1ホメイニー。値段をきいたとき「3ホメイニー」といわれて、サッパリわかりませんでした。)ホメイニーは神と同じくらい偉大な人物として、また当たり前の存在として、イラン人の精神に根付いているようです。 |
 |
イマームホメイニー廟にあった肖像。
彼の肖像は、イラン各地で出会います。 |
イスファハン・シラーズに次いで3箇所目となるテヘランのバザールは、もっとも大規模かつ激しかった(◎◎)
「正月前の商店街」以上に買い物客でごったがえし。あまりに人出が多いので、バザール前の通りはタクシーと許可を得たバスしか通れないそうで。観光中は買い物禁止、通路は縦横無尽に入り組んでいて、はぐれてしまうと現在地もわからず元に場所にも戻れず、迷子になること必至。撮影中もグループを見失わないよう必死で追いかけました。
宝石博物館は持ち物チェックの厳しい場所。荷物はパスポートと貴重品しか(財布はOK。鍵はNG。)もって入れず、もちろんカメラも持ち込み禁止...。でも、厳重体制なだけあって収蔵されているコレクションは実にすばらしく目の保養になります。(トルコのトプカプ宮殿の宝物よりすごいのでは、というほど。)調査機関が時価を計算できないほどの豪華絢爛な宝物たちは、ショーケースとその前に設置された金属パイプで守られていて、このパイプにタッチすると博物館内に警報音が鳴り響き、同時にガラガラと鉄格子の扉が閉まる仕掛けになっています。その都度、係員が扉を開けていましたが、結構頻繁なのでオオカミ少年にならないのではないかと...。
最後の晩餐は、やっぱりイラン料理。メニューはたいてい、「ヨーグルト(ときどき食前に出てくる。砂糖なし。)」「麦スープ(麦メインで野菜が入っているスープ。店によって全然味が違う!)」「サラダ(フレンチドレッシングのみなので飽きが来る。和風ドレッシング持参すればよかった)」「メイン(羊の場合はアウト...。チキンやビーフもちょいクセあり。)」「デザート(甘いお菓子か果物)」「チャイ(ストレートの紅茶。どんな料理の後もこれを飲めばホッとします。)」でしたが、この日も同じく。
<11日目>
[行程]テヘラン市内観光(4)
ホテル→国立バスタン(考古学)博物館→一般家庭訪問→帰国便欠航 |
朝ホテルの窓から外を眺めると、一面雪化粧!「わぁ〜、きれいな眺めだ〜。」と喜んだのもつかの間、「今日は帰国日では?!」数日前、テヘランで積雪40cmとなった日は飛行機が乱れに乱れてタイヘンだったが、それに匹敵するほどに見える...。帰国便は運行してくれるのだろうか。もし欠航になって代替便が設定されなければ、あと3日イランに滞在することになる可能性さえも(;_;)
それはさておき、最終日はテヘランのメインのひとつ、考古学博物館の観光から。紀元前5世紀頃の発掘品から目玉であるペルセポリスの発掘品(イギリス・フランス・アメリカあたりにかなりのものを持っていかれているのが気の毒です)、ササン朝のモザイクや陶器などが展示されています。館内をぐるりと回ってみると、あれ?思ったより小規模(イスラムのコレクションを展示する新館が閉鎖中だからかもしれませんが)でも明るい館内の展示ケースへの映り込みが激しく、写真を撮っているとあっという間に1時間経ってしまいました。
|
 |
ホテルの窓から。一面の雪景色。
感動的な美しさですが、一方帰国の懸念も... |
高級住宅街にあるおしゃれなレストランで昼食。これまで食べてきたイラン料理と同じカテゴリなの?と思えるほどおいしい料理(平均的な食事価格の2倍近くしているらしい)。ホストのようなちょいカッコイイ系男子が食事をサーブしてくれました。
 |
昼を過ぎてもシンシンと降り続く雪。歩道は凍結していて、一歩一歩かなり慎重にならないとスリップしそう。「ということは、飛行機も滑るわなぁ。」何かにつけ、帰りの便が気になる。
一般家庭訪問では、おしゃれなマンションに一人暮らしの女性のお宅におじゃまして、チャイ、手作りのお菓子、フルーツなど次々と出てくるおもてなしを受けました。部屋のあちこちに岩塩が置いてあり、置く場所によって縁起をかつぐ風水に近い文化もあるそうな。
家電は韓国製が多かったです。
|
| マンションのお宅を訪問! |
17:00までくつろいだあとは、空港へ。状況によっては定刻より早く出発するかも...ということで、最後に予定されていたスーパーには立ち寄れず、空港へ直行。カウンターでのチェックインに1時間以上もかけている状況に、「なにか、いやな予感...」。出国手続き後、予定の時刻になっても運行する気配なく、最新の情報を待ちながら時間だけが過ぎていきました。
<12日目>
 |
1/7午前4時ごろ帰国便が欠航が決まり、1/7 18時発予定の便を待つ羽目に。出国審査を終えてしまったので動きもとれず、空港内で夜を明かして夕方まで軟禁状態です。(Onceのイランビザでは再入国・再出国に時間がかかるため、空港内で待ちましょう、ということに。航空会社が運行確定するまでチェックインを開始しないでくれれば、動きようがあったのに〜。)
軽食の支給で飢えをしのぎ、ブランケットで寒さをしのぎ、空港内ではほとんど眠れず。空港内は老朽化がはげしいですが閉鎖間近なので修理する気もないらしく、雪解けの雨漏りがポツポツと。それどころか内装の解体工事が進められていて、その粉じんでのどや鼻がちょいやられた感じ。ほとんどのショップが撤退した空港内は楽しめるところもなく、ただけだるい時間を過ごしつつ、帰国が1日延びただけ。実にもったいない...。 |
雪をかぶった飛行機とともに
空港で朝を迎えることに... |
18時を過ぎても搭乗開始の様子はなく、しばらく経って19:50に変更するとのアナウンスが。(国際空港なのに、英語のアナウンスは流れません。前日までの現地ガイドさんが、休日返上で情報を提供してくれていました。)
しかしまたもや動きなし。乗客たちは、前日から幾度かきいた「手荷物検査を受けてゲートへ行ってください」という誘導にも、すっかり腰が重くなってしまっていました。
21時ごろようやく操縦士やキャビンアテンダントがゲートに流れていくのを見て、いよいよ信用できそうな状況に。ぞろぞろと一斉移動がはじまりました。ゲート近くまで飛行機が来れないためバスがシャリシャリに凍てついた路面を走り、飛行機近くまで移動しました。空港1泊はつらかったけど、この状態で飛行機を運行してくれるのだから、逆に感謝しないといけないなぁ。...と思いきや、搭乗してすぐ軽食が出てきました。これは、離陸にもしばらく時間がかかりそう...と思いつつ、「もうアナウンスを待たなくていい」という状況にホッとして、離陸を待たず熟睡してしまいました。数時間経って目覚めると、いつのまにやら空の上。今回ほど「日本に帰れる喜び」を感じたのははじめてかも。
|